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高ひき

冴えない高校生たちがワイワイ繰り広げる基本ほのぼのたまに鬱やんわり女性向け青春?ストーリー

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 名前、覚えるの苦手だ。北校舎東側を下る吹きさらしの階段をトントン行きながら、河合啓志(かわい けいし)はそんなふうに思っていた。
 差し込むうららかな春の陽気と、ところかしこの談笑がやけに眩しい。二つ笑顔が啓志の傍を抜けて階上へ向かっていく。そうかと思えば幾人か男子生徒が騒ぎながら、雪崩るように自分を追い抜かしていく。持つ袋から体操服が覗いているということはおそらく同じクラスなんだろうが、さて彼ら名前はなんだったろうか……どうしようもなく億劫になって、啓志は考えるのをやめた。
 四月某日、入学式から数えて三日目の朝。
 そこそこ頑張って到達した、県立宇城(うしろ)第一高等学校。
 憧れのこの高校で、啓志は未だかつて、クラスの連中と口を聞いたことがない。




――――ぼくらの体操服




 ため息をなんとか飲み込みながら、啓志は心の中で自分に苦笑いを向けていた。今でこそこんな暗い顔で歩いているが、啓志は友達の少ない方ではなかった。確かに若干内気というか、引っ込み思案なところはあるけれど、小中と友人に困ったことはほとんどなかったし。少なくとも、教室移動を一人でした記憶はないと言い切れる。
 だから友達を作るのは得意なはずだというとそれは別の話で、というのも啓志の通っていたあたりでは幼稚園から中学校までほとんど持ち上がりのようなもので、ほぼ全員と枕を並べて昼寝をしたような間柄だったのだ。どこへ行っても皆顔見知りで良くしてくれたし、友達の友達が友達になって交友の輪も広がっていく。まさにぬくぬくの温室暮らし――と、今雨風に晒されながら啓志は思う。友達をつくる努力のやり方、それを啓志は知らなかった。

 うっとおしいほど胸に充満する閉塞感。実は嫌な予感はしていた。旧友たちとことごとくクラスが別れて、一人教室の入口をくぐった時から。同級生たちがやたらきらきらして大人びているなと思いながら席について、目の前の席でギャーギャー騒いでいる男子生徒連中をぼんやり眺めているうちに、覇気のない男の先生がやってきて。とんとん拍子に入学式、ホームルームときて自己紹介、震える声で至極つまらない事を言うのに必死すぎて、人のを聞くのを忘れていた。誰の名前も覚えることなく、親の車に揺られて帰宅。

 二日目、身体測定。先生が黒板に白チョークで印した地図の記憶を頼りに回った。記入カードと筆記用具を手によっこらと席に戻った時、ざわめきながら教室に帰ってくる体操服姿の生徒たちの殆どが複数人連れだったことに啓志は動揺を隠せなかった。一体いつのタイミングで仲良くなったと言うのだろうか。今でも不思議でならない。

 その昼休憩、男子も女子も机を寄せ合って食べる人が大半のクラスを、啓志は弁当片手に抜け出した。目指すは階上の一年七組、旧友の中でも一番の親友のいる場所へ――そこで啓志が見たのは、全く見覚えのない顔と愉快そうに談笑しながらウインナーを口に運ぶあいつの姿。
 理不尽だってのは分かってる。それでも啓志は、裏切られたという気持ちでいっぱいだった。とぼとぼ階段を降りて、自分の机で包みを開いた。黒い二段重ねの弁当箱。中身は中学の毎日で見慣れたそれよりも随分豪華な作りだった。最初の昼食で恥をかかせまいという母親の気遣いだろう。気合いの篭った綺麗な卵焼きを見る人は、母さん、でも俺以外に誰もいないよ――それほどまずい飯を食べたのは、もしかしたら生まれて初めてだったかもしれない。

 その後の上級生との顔合わせ、続く部活動紹介の間も、啓志はすっかり消沈しきっていた。
 すれちがいざまにかの友人を見つけた。知らない誰かに囲まれている友人の姿を。啓志は見なかったふりをした。彼に対してそんなことをしたのはどう考えても初めてだった。それが更に啓志の心を泥沼に引きずり込んでいく。

 その後クラス役員決めがあって、誰々一緒に体育委員やろうぜ、なんて声が飛び交う中、当然のように啓志は組む相手がおらず、結局先生の「まだ決まってない人ー」の音頭で保健委員に決まった。相方は女子の名前だったが、それがどの子なのかは最後まで分からないままだった。
 先生が何やら明日の話をしている中、前の席の男子がその前の男子とこっそりケータイを向け合わせていた。アドレス交換ってやつだ。ちなみにケータイは持ち込み禁止である。だから啓志は持ってきていない。なあ、禁止のはずだろう? ……それに気を取られている間にホームルームは終わってしまった。何か大切な話を聞き逃した気がするが、それを確かめる相手はいない。誰の名前を覚えることなく、一人重い足取りで通学カバンを揺らしながら帰宅。

 次の朝――つまり今朝。かの友人からメールが来ていた。憂鬱な眼でそれを眺めて、ひとまずは無視を決め込むとした。ジャムトーストをもそもそ食しながら、啓志は早速神経性の腹痛に襲われた。


 ……それでも、と啓志は拳を握る。
 はき変える運動靴はぴかぴかと白い光を放っている。昼前の強い日差しは漲る力の象徴だ。意を決したように息をつき、啓志は目的地の方へずんずん歩き出した。
 それでも俺はツイている。まだ神様は俺を見捨てちゃいない。念じるように考えてから、朝のホームルームの先生の言葉を反芻する。

「四時間目は体育ですね、この時間でまだ喋ったことのないクラスメートとも話ができるでしょう。皆さんは運がいい」

 そう、運がいい。俺はどうにも運がいいのさ!
 確かに今日もここまで声を発していない。だけど。だけどもだけれども、初日の授業に体育があるクラスなんて一年じゃ一組しかないというじゃないか。
 未だ口の聞ける相手もいない啓志に体育は一見地獄のようだが、これはこれ以上ない絶好のチャンスでもあった。例えば準備運動だ。先生にとって都合がいいから、二人組は出席番号もしくは身長順に組まされるに決まっている。つまり『余った者同士』でなく誰かと組めるのだ。そこで話ができるに違いない。しかも体操服にはそれぞれの苗字が縫い込まれている。名前が丸わかりなのだ。人の名前を覚えない啓志には、これほどラッキーなことはなかった。

 見たことがあるようなないような背中の数々を追って、啓志はグラウンドを横切った。昨夜の雨の後が残るガタガタのバレーコートの先に、二階建ての白いプレハブが見える。あの一階が指定された男子更衣室だ。背中が暗い室内に飲み込まれていくのを見ながら、啓志はぎゅっと拳を握った。がんばれ俺。まだ授業は始まったばかりだ。思い描いた高校生活は、ここから、このグラウンドから始まるんだ!
 おぼつかない足取りで運動靴を脱ぎ揃え、意を決してプレハブの入り口をくぐろうとする啓志を押し返すように、幾人の体操服姿がなだれ出てくる。威圧感さえ漂う大きな笑い声と肩を避けながら、折れそうになる決意を啓志はなんとか立て直す――甘えるな! 俺にはここしかないんだぞ……!

 中の空気はひんやり落ちていて何となくかび臭い。奥に一つだけの小さな窓には、雑巾を引き延ばしたような蜘蛛の巣が掛かっている。適当な棚におずおず陣取ると、打ち合わせたように着替え終えた隣が、その隣とやいやい言いながら飛び出していく。後から一人で誰か入ってきたかと思えば、誰かに遅かったなと声をかけられている。誰も啓志など眼中にないとでも言うように着々と準備を続けていく。……ま、まけ、負けるものか。
 ここで終わるんだ。ぽちぽちボタンを外しながら啓志は己を奮い立たせる。終わらせるんだ。しょっぱい一人飯なんか、この瞬間に終わらせてやる!

 ばさりと学ランを脱ぎ捨ててロッカーに突っ込むと勢いよく埃が舞い上がった。踊り狂う綿埃の中、カッターのボタンも引きちぎるリズムで外し、続いてベルトの金具を解放した。次々と生徒が明るみの元へ駆け出していく。時計も持ち合わせていなかったが、人より遅れてるということはなんとなく分かる。それでもまだ取り返せるレベルだ。焦りは禁物だ、ここで失態は許されない。持ってきた袋に手を入れて、急ぎかつ慎重に中から体操服を引っ張り出す――そこで感じた違和感に、啓志は動きを止めないわけにはいかなかった。

 手に持っているものを見る。モスグリーンの、指定の体操長ズボン。左ポケットの上に『河合』としっかり縫い込まれている。

 啓志はそれを脇に置いて、再度袋に手をつっこむ。さらっとした質感に指先が触れる。ほっと胸を撫で下ろした心地でそれを引き出す――それは、啓志が今朝つっこんできたハンドタオルであった。


 肝が冷えていくのを感じる。


 恐る恐る、再三手を入れてみた。手を抜いて持ち上げ逆さまにして振ってみた。それでも飽きたらずに、袋を開いて、中の空間を覗き込んだ――ない。何も、ない。

 

 誰かのバカっぽい声が言った。なぁナントカ、お前上着着るの? 半袖? どっちも持ってきたけど、ナントカはどうすんの?

 


 あれぇ、俺。啓志は一人、考える。……俺、体操服(上)、どこやった?

 


 

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